なべおさみ ランキング!

なべおさみ

後年の山田洋次のイメージで見ると、意表を突かれるような映画。大阪神戸のヤクザ(というよりチンピラ)と長崎の田舎から出てきた若い娘の物語。風俗、チンピラ同士の諍い等、他の山田映画とはかなり異なる。どちらかと言えば、脚本で参加している森崎東のテイストが強いのでは?前年に公開された山田テイストが強い「愛の讃歌」と対照的な映画。ただし、有島一郎の役柄は両作品で微妙に共通しているようにも思える。一方、初期の寅さんのイメージと被る部分も見られる。佐藤蛾次郎の弟分は寅さんの源ちゃん(特にテレビ版)そのものだし、ミヤコ蝶々は寅さん第二作(第2作)の母親を彷彿とさせる。このあたり、森崎東が初期の寅さんとかかわっていたことも関係しているのかも知れない。ただ、緑魔子のラストの方の展開は、山田洋次はもちろん、森崎東とも若干異なるような気がした。この映画より少し前の松竹ヌーベルバーグを思い出した。俳優は、当時の喜劇俳優が勢ぞろいといった感じで、それだけでも楽しめる。有島一郎は独特の味があるし、塚弘は、知っている範囲では最良の演技(役にもマッチしていた)と思う。もちろん、主役のなべおさみも熱演。多分、この頃は日本映画は衰退し、なべおさみの活躍も主にテレビだったと思うのだが、もう少し前にデビューしていれば、彼にあった企画の映画で活躍できたかも知れないし、それを観てみたかったと思う。 関連情報

なべおさみ やくざと芸能界 (講談社+α文庫)

はじまりは著者が中2の秋。銀座のジャズ喫茶で隣に座った紳士が言った。「世の中全ての物はね、三つの物がある。一つ、本物。二つ、偽物。三つ………」。少年にとって以降、その教えは一生の尺度となる。数年後、雑誌の写真から紳士の名前を知る。「白洲次郎」とあった。◆第一章は大学卒業まで、第二章は水原弘の付人から俳優に駆け上がる渡辺プロ黄金時代、第三章はやくざにまつわる考察(第三章のみ社会学・民俗学的内容が含まれる。本の主題はこちらの方かもしれない)。第四章には政治家との交流が描かれる。◆「今だから話す」的な本はえてして自慢と自虐のつじつま合わせに終始し、読後感がべたつくことがあるが、杞憂だった。◆野坂昭如・美空ひばり・安倍晋太郎・鉄クズ屋の金井さん…か、金井さん?……職業や肩書の枠組みを鮮やかに飛び越えて人と交わり、著者が「本物」と認めた人を書く。エピソードの一つ一つがなんとも優しく、優しい思い出は少し哀しく、哀しさをコメディアン精神で愉快に仕上げている。◆一方、改定前の単行本『やくざと芸能と~私の愛した日本人~』と本書には、内容にかなりの入れ替えが見られる。更新の訳は……白洲次郎の「三つ目のモノサシ」にあるということか。◆芸能人、財界人、政治家、やくざ、そして「あのお方」まで縦横無尽。この書き手、タイトルに負けず劣らず、怪しいったらありゃしない。 やくざと芸能界 (講談社+α文庫) 関連情報

なべおさみ テレビまんがレコードの殿堂=コロムビア・マスターによる昭和キッズTVシングルス vol.12

まさか「それ行けカッチン」の2曲が聞けるとは思わなかった。他にもたくさん懐かしの名曲がズラリで、アラフォー世代には涙モノです。人生に疲れたとき、ふと昔のあの頃にタイムスリップするのも良い気分転換になりますよね。 テレビまんがレコードの殿堂=コロムビア・マスターによる昭和キッズTVシングルス vol.12 関連情報

なべおさみ やくざと芸能と 私の愛した日本人

後半が中途半端だ!もうすこし、詳細を詳しくかけないのかな?ヤクザ賞賛の部分は、やはりいただけない! やくざと芸能と 私の愛した日本人 関連情報

なべおさみ 昭和の怪物 裏も表も芸能界

私は、そして多くの本書読者は、表にしても裏にしても芸能界の住人でも識者でもない。他方で、なべおさみを畏敬し、彼の息子の兄弟子でもあり、そして、なべおさみに先立ち芸能界の怪物達に取材し傑作を著して来た水道橋博士は本書を絶賛している。この一点において、私は、本書の内容の真偽や著者の考え方の正否を問うことに意味はないと断じたい。ブルースリーの名言「考えるな、感じろ」である。かつて、昭和という時代のコンプライアンスもネット炎上もなく、誰もがスターを望み応援していた時代、そのスターたちの列伝を、ありきたりの表の話ではなく、にわかには信じ難い裏の話から語った本書について、私達の常識や知っていることなど路傍の石ほどの意味もないのだから。私達はともすれば、現在あるいはwikipediaに書かれたことで過去の人を評価しがちである。しかし、たとえば、清川虹子という女優についていえば、彼女は、高倉健と江利チエミの世紀の婚礼を仕切り、森繁久彌の大邸宅(本書にもそのくだりあり)に邸宅を構えるといった知られざる列伝が、死後になって、高田文夫や萩本欽一あるいは小林信彦から公にされている。芸能界には語られていない多くの事実があるということなのだろう。敢えて言えば、前作でもそうだが、著者の文体は妙に思想がかっており、あるいは文学以前の問題として悪文に近いと思う。そのことが、本書の真偽にも影を落としていることも否めない。ホラをペシャるという感じがつねにするのだ。しかし、それでもいいではないかと思う。かつて「スター千一夜」というトークショーが人気を博した時代、「センミツ(千に三つしか本当の話をしない)の芸能界だから、センイチで十分なのさ」と嘯いたスター達がいたという。本書を通じ、なべおさみは、千一夜では語られず記録にも残されていない、センフタを語っているのだと思いたい。そう思って読むことで、本書のアンバランスは深みに転じて、読者をよりディープな世界に誘うのだろうと。 昭和の怪物 裏も表も芸能界 関連情報




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